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自給自足したいわけ

20090513230031 わけ?

ん~それがすごく自然に沸き起こったんだよね。

まあ私とは「なちゅらりずむ」だから自然発生的なものばかりでできているからね。catface

あえていうなら

もともと好きなんじゃない?

それに気づいたって単純なものと思うわ。up

私は小さいとき母方の田舎に行くのがとても好きだった。

帰りには「いやだsign04帰りたくないsign04crying」といつも大泣きsweat01

しかもひとりで。sweat02

弟といとこが10数人いる中、私ひとりで激しく抵抗・・・coldsweats01

憶えている、子供ながらに

みんながドン引きしていたのをsweat01

今思うとなんでやねん!って

でもでも

そのときの「帰りたくない、ずっとここにいたい」欲求は理屈じゃ説明できない。

子供だし~。

理由は、ここにいたいから・・・。だよ。confident

何かのテレビで、いつまでたってもおねしょをする子供に対して母親が

「なんでおねしょするの!”」って。

そしたら子供・・・

「だ・だっってっトイレ行ってっしたらっ、夢だったんだもんっ!

(マジ)」

だよね~coldsweats01

なんで?って聞く母親も母親だけど

無邪気な心に言い訳なんてないのだ。confident

トイレでしただけの話だ。bearing

私の母方の実家は新潟県。典型的な古民家。

大きなおうちで大家族。

玄関までひろーい道。玄関の左横には大きなニワトリ小屋。

玄関入ると大きな土間。

子供には高い土間をよじ登ると

大きな廊下。

その右横に大きな台所。

左はただ黒電話だけが置いてある大きな部屋。

その奥は大きな畳の広間。

一番奥はおばあちゃんとおじいちゃんの部屋。

両脇は廊下で右外には水車の回る池。fish

(私は2歳のころこの池をのぞいていて頭から落っこち、父親はあわてて

水深 ひざの池に頭から飛び込んだというエピソード付coldsweats01

左外から奥にかけては畑が広がっている。club

・・・

私はきっと子供ながらにこの環境がすごく好きだったのだろう。

すごく鮮明にいろいろ憶えている。

この田舎には11歳ころまで毎年夏、冬と2~3日ずつ行っていたが

この家を隅々まで憶えている。

そのころの自分の家はあまり憶えていないのに。

この田舎の家はすごく憶えている。

視覚だけでなく、におい、音、部屋の明るさ、空気までも鮮明に思い出せる。

凄くない?note

一年で考えたら、田舎:自宅=6日:359日だよ?sign01

相当好きだったからだと思うんだ。

大体毎回夕方、田舎に到着して、あの土間を靴を脱いでよじ登る感覚。

おばあちゃんによしよしされる瞬間。

奥のおじいちゃんの仏壇にあいさつに行ってしばらくその部屋で遊ぶ時のにおい。

大広間で何十人で夜の宴始まる。そのときの部屋の暖かいぼんやりとした明かり。

弟と五右衛門風呂に入るときの石づくりの床のひんやりした感触。

弟がまだ私のことを「おねえちゃん」と呼べず、「あき、あき、」と呼ぶ声。chick

二階の大きな部屋にみんなの布団を敷く母。

冬は一人ひとりの布団に「湯たんぽ」をしのばせる。

朝起きると水車の回る水の音。

幅の広い階段を1階に降りると台所から味噌汁とヌカづけのいいにおい。

子供たちだけでにわとり小屋にたまごを拾いに行く。

みんなで食べる食卓には夏なら畑で採れたてのスイカ、もも、とうもろこしなどが並ぶ。

夏は糸井川に行ったり山に登ったり

冬はスキーや温泉spa

大人たちが語り合ってて退屈なときはいとこのおねえちゃんのへやに行って

アクセサリーボックスをのぞいてつけてみたり・・・

いいにおいの布団に寝転んでみたり・・・heart04

農家だから当然お米もつくってて、お米がおいしい。

私が地球に生れ落ちたのは新潟。

新潟県の病院で生まれた。

そこを訪れるたんび、

その感覚を忘れないように

強烈にインプットしていたんではないか。

中学生になって次第に都会に目が向いて田舎に行かなくなったけれど

忘れていた「自分」を

やっと最近、思い出したんだと思う。confident

よかった。

ここへ戻ってこれて・・・。

今の感想は一言言ってそんな感じ。clover

「自給自足したい」との思いが決して揺るぐことのない、

確実なものになったのは実はここ数ヶ月。

でも今振り返るとこの兆候はもっと前からあったことに気づいた。

そしてそのルーツは新潟の田舎での経験で。

農業とは

こんな感じでってほとんど実践したことないのに想像出来て。

イメージつくのは。

両親が私をこつこつと新潟に連れて行ってくれたおかげ。

私が新潟で生まれた意味も徐々にわかってきた。

それがすべてなにも無駄なものはなく

「私」というパズルの完成に向けての旅で、

ひとつひとつピースをはめていくように・・・。

少し前から、

今世の自分(魂は永遠だから終わりはないけど、まあ、今の姿・形としての)

の人生の最終章から二番目に来ているというメッセージを

いやというほど受け取っている。

最終章に向けての総清算期というところか。

そのピースのひとつが「農業」

とてもとても重要な大きなピースのようです。catface

さあ、来週は初めての田植えにチャレンジ!

今日もいろいろありがとうcherry

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