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「放浪記」

すばらしかった。

森さんとても美しかった。

今日の昨日で特番TV放映されて、それを見たことも手伝って

もうばっちりパワーをもらいました。confident

http://www.tohostage.com/hourouki/index.html

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森さん演ずる文士・「林芙美子」はとにかく貧乏だった。

だけどもところどころにお茶目で笑いとばす明るさ、強さがある。

幼い時から母と二人で家が定まらず、転々とした。

「私は放浪癖がある。ずっとそうだったから。

だから転々とすることはなんでもない。」

(注:せりふは一言一句正しくないかも知れない。あくまで私の口で書いてる)

林芙美子の作品はついには世に出て成功をおさめたが

その評価には

「ゴミ箱の中をぶちまけたようだ」

「それを「どうだ」、と見せ付けられて嫌悪感を感じる」

と言う人もいる。

たしかに、この人の作品をはっきり言って私も好きになれない。

嫌悪感、まではいかないけど

明らかに同感はしない。

「花の命は短くて苦しきことのみ多かりき」

林芙美子の代表的な名句だけど

ごめん・・・

言いたいことはわかるけど

私の世界ではないわ。

けれど

最後に

つらくあたられていた別れた二番目の夫に

「ずっとそう感じてきた。

だが、そこに美しさを見出した・・・」

と言われる・・・。

これを森光子さんが40年以上も公演し2000回を突破する(世界初)のには

他の意味があると私は思う。

ん~うまく説明できるかな。

出来ないかもだけどチャレンジしてみるか。

林芙美子は1903年に生まれ、47歳で他界。

まさに戦時中。

はっちゃけた タフな女性。

原作は毎日の日記調で毎日お金のことばかり。

「今日は1銭で食いつなぐ・・」とか

「今日はいくらしかない」

「だれそれのこの家は家賃いくらいくら」

な~んて金の話ばっかり。

実母に仕送をしないといけなかっったり

金のかかる夫だったり。

おもしろおかしくもない作品なんだけれど

随所にヒットするポイントがあるんだよね。

「自分は自分しか助けられない」

「人がなんと言おうと真実しか私は書けない」

せりふの一個一個がなんかすごく響く。

作品は同感しないけど、せりふが響く。

それはなぜか?

きっと形として生み出される「作品」は私とは異なるけど、

その「動機」「思い」は共感するってことかと思う。

「根っこ」がわかるっていうか。

そして、これは観劇後、母と語ったことだけど。

実家が定まっていず、稼いでも稼いでもなんかで金が出て行く人生。

母も、私もそうではない。

「そんな境遇の人の気持ちは図りきれない。」

だけど

「自分は自分しか守れない」ことや

「人がなんと言おうと真実しか表現できない」

というのはわかる。

最後の名せりふ。

芙美子が世に認められて有名な作家になり

立派な家をもち、母にも立派な洋服を着せて

お手伝いさんもいる生活になっても

芙美子は貧乏なときの習慣から抜けられず寝ずっぱりで原稿を書く。

「ちょっとでも休むとほされる」

「楽をしたらおしまいなのよ」

得た、富。

貧乏に苦労してやっとたどり着いた。

しかし富んだ世界で待ち受けていたのは

失うことの恐怖。

小説を書いて書いて書き続けないと

またあの貧乏という苦労を背負うのか。

貧乏に舞い戻ることの恐怖。

疲れ果てて机に転寝する芙美子に

今はもうその世界を引退した戦友がそっと

が、丁寧に毛布をかける。

「あんた、ちっとも幸せじゃないのね」

そこで幕が降りる・・・。

・・・・

私的な単独感想だけども。

これってまさに現代を象徴してるやん!bearing

戦後、高度成長期時代に「物質的な」豊かさに浸って

経済の迷路に無垢な心ではまり

バブルの波に踊らされて

それはそれで確かに楽しかった。華やかだった。優雅だった。

shine

だけど、大きな財産を得た人は手放しに幸せだったか?

私は大きな財産を得てないのでわかりません。

だけど

あくまで想像だけど

得たら、得たで

失うことのあせりを生んだと思う。

芙美子は47歳という若さで急死。

芙美子の数多くの詩の中で詳しくは忘れたが

幸せを手に入れたらすぐにこの世を去りたい・・・。

幸せをなくすことに心配になるから・・・

・・・・

みたいなのがある。

まるで自分の最期を予測するような詩・・・。

貯金が0でも気にしない人もいれば

1000万ないと心配な人がいる。

よーく冷静に考えたら

同じ人間

最低限食べて飲んで「生きていく」だけに必要な量は大差ないはず・・・。

成功したけど全然幸せじゃない人だらけ。

大きな財産を得た人はそれを過剰に保持してなくていいいんだよ。

そんな「今」

この「放浪記」はそれを時を越えて私たちに教えてくれてるのではないかな。

現代の矛盾そのものやん!

100年近い昔がそれを教えてくれる。

それに気づいてほしくて

森光子さんはこの「放浪記」を命の尽きるまで担当したいのではないか。

あくまで私の感想だけど。confident

舞台の最後・・・。

よくある、出演者がみんな出てきてわ~っとあいさつ。

なんて野暮なことはなかった。

最後

森さんたったひとりが正座してお辞儀からはじまり・・・

観客席のすべての人を見るんです。

一階席の右から・・・左へ・・・

2階席の右から・・・左へ・・・

それを2順。

指差して目を顔をゆっくり動かして

全体を見る・・・。

ん~3分くらいはかけてるかな。

その間すごいほどの静寂・・・。

すごいオーラでした・・・。

私は時折目を閉じ魂を感じ・・・

体が微振動して魂がふるふる喜んでいるのがわかった。

エネルギー交換。

森光子さんがいつまでも若々しいのは(なんと89歳ですよ!)

こうやって大勢の人とエネルギー交換してパワーアップしているから。

10~40歳代の役なのに観ていてまったく違和感ないのよ。

いや~凄い。

本当に初々しくかわいらしいしぐさがなんとも言えなかった。

きりがないわ。

また後日思うところを書くかも。

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