« 消えて無くなるものなど何も無い。・・・続 | トップページ | 還り道 »

今日の庭~つくづく縄文時代を思った~

久しぶりに雨が降った。

こんなにまともに降ったのは1ヶ月ぶりくらいか。

恵みの雨です。

さて、植物たちはさぞ涙がでるほど喜んでいることだろう。

しかし、台風9号は実に奇妙な進路だったね!

日本海から日本列島に侵入し、真横に横断して太平洋に抜けるなんてね?

あやしい・・・何かあるsign02

そうそう、庭でした。

うちの庭の野菜たちもそりゃもう大喜びで・・・。

特に小松菜が一挙に育っててびっくりhappy02

Img_0104

今日の収穫

とはいえ、もう夏野菜は終わりなので、

ミニトマトやきゅうりはかろうじて現状維持状態・・・coldsweats01

植物は けなげにひたすらがんばり続けるので

これ以上植えていてもかわいそうなので

(土の栄養も取られるだけなので)ほとんど片付けました。

Img_0105

大葉、バジルも大喜びで沢山収穫。

Img_0106

長ネギもいよいよすべて収穫。

抜きたての長ネギって本当にいいかおり・・・。

Img_0107

サボテンたちも美しくなって・・・

かがやいていましたよ。そろそろ室内かな。

Img_0110

稲もそろそろ刈り時・・・プチおだがけwink

うちの庭のは脱穀しても1合くらいにしかならないからな。sweat01

インテリアとして神棚に祀ります。

Img_0113

長ネギの切り下ろした根っこは

土に埋めるとまた生えてくるんだけど、

こうやって水につけておいても出てくるよ~。

ちょっとだけど楽しいですよ。

私はビンにトルマリンの原石(黒い石)を一粒入れるの。

トルマリンは水を浄化し続けるから水がにごらないんだよ。

Img_0112

さて、準備万端noteあなたならなにつくる?

お料理って右脳で作るんだよね。

だから無心になるし快感ホルモン物質が放出されるから

気分転換できるし、とってもストレス発散できるよね。

お料理でストレスがたまる方、めんどくさいと感じる方、

ちょっと発想を変えるといいかもしれないね。

結果(メニュー)を先に決めて、そのための食材をそろえる・・・

という順番を逆にしてみると結構新発見あるよ。

今、目の前にある食材で、なに作ろうかな~って。

レシピどおりじゃなくていい、好きにやってみると楽しいかもよ。

私は逆にレシピどおりに作るの苦手bleahレシピどおりはストレスたまる。

まあ、お仕事でどうしてもなら出来なくはないけど、

それは「お仕事モード」だから出来るのだね。

(そのときは左脳優位だね)

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

庭に出て過ごした後、室内に入るといつも感じることがあります。

とても視界がクリアになっているんです!

お部屋中のモノモノがはっきり、くっきりしていることに

毎回感動させられます。

私は近眼なので、よく「遠くをみなさい」とか「緑をみなさい」

と言われたけど、これ、本当ですね!

緑パワーすげー。lovely

それと、それは視覚だけじゃないね!

仙人はかすみを食べて生きているとかいうけれど、

植物もかすみを食べて生きているからね。

鳥も猫も犬もそう。

植物に触れているあいだっておなかすかない。

食欲も「欲求」だから欲求が満たされていればわかないんだよね。

それに精神的にもリラックスして快感ホルモンが分泌しているのがわかる。

植物に触れると人間て・・・cryingと反省するんだよ。

最後に、面白い記事を見つけたので転載します。

↓↓↓

↓↓↓

日月神示と縄文時代
日本の縄文時代が今世界中から、注目を集めています。
 それは主として、考古学のジャンルから始まったものといえそうです。
日本から出土する縄文土器が、どうやら世界最古のものであることが確定的になったようです。
また日本の縄文の木造建築物も世界最古、しかも非常に優れたものであったことが証明されつつあるということです。
人たちの生き方も遺跡から判断しますと、平和で互助を中心としたものだったようです。
・・・中略・・・

縄文人のルックスはエキゾチックだ。

のっぺりしたシナ系、朝鮮系とは明らかに異なっている。

いわゆる目鼻立ちのはっきりとしたアイヌ人または沖縄人のイメージだ。
 性格はおっとりしている。でしゃばらない。
裏表がない。

来る日も、来る日も同じ生活の繰り返しで、物質的な進歩はほとんど見られなかった。
 魚や果物、ナッツ類を食べ、神に感謝を捧げての毎日だ。

異性と出会い家族を作り、そしてまた神に感謝する。

それ以上の欲はない。

それだけで満足する日々が我が列島で一万年近く続いてきたのだ。

出世とは無関係な、ぬくぬくとした生活。

その果てがこのせちがらい浮世である。

きっと我々はどこかで足を踏み外したに違いない。
 彼らの生活は貝塚(かいづか)で覗ける。

貝塚とは、動物の骨など食事の残りカスの捨て場所だ。

意外と几帳面だったのか、決められた所にちゃんと捨ててある。

だから貝塚を漁ると一目瞭然、

当時の食糧事情、栄養事情などまでも分かってくるのだ。
 ところが貝塚から人骨が出てきた。
 残飯と人骨を一緒にするなど、

 やはり縄文人というのは野蛮な連中なのだ。

と、学者は長いことそう感じていた。

しかしよくよく見ると、その人骨はきちんと埋葬されていたのである。

しかも祭祀(さいし)の用具まで並べられている。
 そこで見方ががらりと変わった。
 貝塚はゴミ捨て場ではなく、食べたものを神に贈る儀式の場。

いうなれば祭壇というコンセプトを持っていたのではなかろうか。

いや、どうやらそうらしいのである。

野蛮などという妄想を掻き抱いて申し訳ない。

縄文人への総懺悔である。
 古代人にとって、食べ物をくれるのは大自然だ。

その大自然と神とは一体だった。
 神が怒れば自然が荒れ狂って、海や森が人々を拒絶する。

ならばどうする? 

何はともあれ神を宥(なだ)める他はない。

・・・以下略・・・

http://www.funaiyukio.com/funa_ima/index.asp?dno=201008009

私の過去記事もよかったらどうぞ・・・

縄文人遺跡

http://naturalism9923.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-2832.html

今夜は新月です・・・。それについてはまた後で・・・。

|

« 消えて無くなるものなど何も無い。・・・続 | トップページ | 還り道 »

」カテゴリの記事