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地球環境を考える~1000年に一度?~

今回の大震災、津波による原子力発電所の事故。

これについて、「想定外」とか「未曾有」とか言っている人がいる。

震災が起きて1週間後くらいに、数人で話をしていて、

「あのサイズの津波は想定していなかったのか」と私が言うと、

ある人が間髪要れずこう言った。

「だって1000年に一度なのよ!」

・・・

私は言葉を失った。

このとき、私はとっさに目をつむった。

そして、「1000年に一度なら何をしてもいいのか!」

という言葉を必死に飲み込んだ。

それでは、責任者の言い訳と同じじゃないか。

国民がそれでいいのか。

しかもそのときのその人の顔は、うんざりした顔だったのだ。

そしてこうも言った。

こんなときに生きていることが不幸だと。

なんて低レベルなんだろう・・・。

予想以上にやっぱり次元の上昇が遅れている

まだまだまだまだ足りないのだな、と実感してしまった。

だから、まだまだ天災は続くと私は言うのだ。

光のネットワークにつながっている人が多くなればなるほど、

必ず訪れる天災は、限りなくマイルドで小さくできるのに・・・。

そもそも、1000年に一度、だろうと、想定外だろうと未曾有だろうと

100%安全だとしても・・・

手を出してはいけないものがある。

1000年に一度・・・。

この言葉に大きな憤りを感じる。

後々になって、福島第一原発の津波は十分想定内だったらしく、

危機管理の問題で、「人災」ではないか。

1000年に一度だったらいいのか?

1000年に一度の津波がきたらこうなるって知っていたんだよ。

自分さえよければ、自分のせいぜい100数年の人生が危険でなければ、

1000年後はどうなってもいいというのか。

それは一万年後だろうと100億年後だろうと同じだ。

自分の子や孫くらいまでは気にするが、

自分の子の大事な子の大事な大事な子の大事な大事な大事な子は

被爆してもいいというのか。

何年経とうと、何が起きようと、いつまでも安全だと、

とても思えないまま、「安全」だと言って原子力発電に手をつけた大人たち。

今回の福島第一原発は「はやく気づけ」というメッセージではないか。

原子力(アトム)は人間にはとても操れないとわかったのではないか。

人間はそれほど優れていない。

原子力発電の構造・・・なんと原始的なことか。

爆発で吹き飛んだ、あの姿。

放水の映像・・・

まるでジョウロで植木鉢に水をやっている様と変わりない。

漏れ出す放射能は「ただちに人体に影響はない」かもしれない。

今生きている人間は今回の影響がでるより前に寿命を、迎えるかもしれない。

でも、今まだ1歳の子はどうなるだろう?その子の子供は?

当面大丈夫ならそれでいい、という考え。

こんな時代に生きているのが不幸なのではない。

いつの時代だって状況は違えど、何かしらある。

今、被災した子供たちが日本中に散らばって非難する姿は、

かつての戦争時代、親元を離れて疎開した子供たちの姿がだぶる。

私利私欲に翻弄された大人たちのせいで

苦しむのはいつの時代も子供たち。

もうこんな繰り返しは通用しない。

これからはやろうとしても天災がだまっていない。

これからどう、日本をたちあげるか、そこが重要なカギ。

出来るだけ鎖国状態でやること!

この大震災でわかったはずだ。

蜘蛛の子を散らすように退散した人々や企業。

原因が心理的でも物理的にでも理由は関係ない。

「いざ」という時に逃げていくような人や仕組み、物を当てにしないこと。

悪循環はもうおしまい。

今、日本列島に残っているパワー(人、仕組み、物)だけで復興すれば、

もう次に何が起こっても怖くない。

少子高齢大いに結構。

今こそ地産地消。日本製、日本産。

*あくまで私の考えです。鵜呑みにしないでください。情報は自分の手でつかんでください。

最後にある記事を転載します。

この記事は、2011年の月めくりカレンダーに載っていた記事です。

↓↓↓

日本の森・今むかし

日本の森は、昭和30年代を境に大きく姿を変えました。

それまで、東日本ではブナやカエデなどの落葉広葉樹林(夏緑樹林)、

西日本ではツバキやカシなどの常緑広葉樹林(照葉樹林)で形成された雑木林が、

ふるさとの森(里山)として存在し、

私たち日本人の生活の重要なよりどころになっていました。

ところが昭和30年ごろから大規模な伐採が全国的に行われるようになり、

多くの森林がマツやスギなどの常緑針葉樹林に大造林されました。

規格と品質が一律で、木材資源として経済価値が高かったからです。

しかし50年をかけてやっと収穫できるまでに育った今日、

値段の安い外国材に押されて売れません。

樹種が単一で多様性をなくした森林は害虫や病気に弱く、

強い雨や風への抵抗力も劣ります。

その上経済価値を失って、大多数の森林が見捨てられ、

荒れるまで放置されているのが現状です。

その森が皮肉にも今、花粉症の原因として注目されています。

転載終わり。

日本の森が大きく変わってしまったのは昭和30年代。

日本に初めて原子力の火が灯ったのは昭和32年。

http://www.pref.ibaraki.jp/profile/kensei_history/1957_01.html

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